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2008年2月 9日 (土)

イリュージョン(リチャード・バック)

 アメリカ中を複葉機で旅する主人公が、同じように複葉機で旅する引退した救世主ドナルド・シモダと出会い、救世主になるための教科書を見ながら、自分の生き方を見つけていく冒険物語。人は誰でも、自分の生きたいように生きる。その、「生きたいように」には、いろいろな意味があるけれど。

 中学生の時に読んで影響を受けたリチャード・バック「イリュージョン」の新訳。原作に忠実に訳されていて、本書に込めた著者の思いが具体的に示されているが、その分、冗長な感じが否めないし、英語独特の言い回しそのままなところが、いまいちなじみにくい。

 昔読んだ本は、村上龍氏の訳で、翻訳というよりも意訳の要素が大きいが、その分、原作の持つ寓意性やニュアンスはよりよく伝わってきたと思う。


 

 で、自分に最も印象的だった一節を比較。主人公が手にしている「救世主ガイドブック」の一節だ。

 村上龍訳はこんな感じ。

「学習は、すでに知られていることを見つけ出すこと。 
 行為は学習の証明。
 教育とは、被教育者に、君らも教育者と同じ程度のことを知っているのだと気づかせること。

 君達はもちろん学習者であり実行者であり教育者であって、
 いかなる種類の生や死を選ぼうとも自由だが、義務というものがあるとすれば、自分に忠実でなければならないということそれ一つだけである。」

(「イリュージョン 退屈してる救世主の冒険」より 村上龍・訳 集英社)


 

 一方、新訳はこう。

「学習はすでに知っていることの発見である。
 行為は、知っていることの実践である。
 教育は、自分と同様、ほかのものたちにもその知識があることを気づかせることである。

 人は皆、学習者であり、実行者であり、教師である。

 生涯を通しての唯一の義務は、自分に忠実であることだ。
 ほかの誰か、ほかのなにかに忠実であることは、不可能であるばかりか、贋の救世主のしるしである。」

(「イリュージョン 悩める救世主の不思議な体験」より 佐宗鈴夫・訳 集英社)


 

 意味は新訳の方がよく分かる。でも、村上訳だったからこそ、今でも記憶にとどまる1冊になったのだとも思う。

 当時、村上氏は、「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を受賞したばかり。新鮮ではつらつとした時期だった。訳は文体が本人の作品とかなり違うように、当時は思えた。(村上版は、残念ながら文庫も絶版のようで、古書しかないようだ。)

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