校務運営委員会があった
午前中は、校務運営委員会。主任の中田Tが異動になったので、副主任の自分も参加。
次年度の研究に関わる生活規律の話も出たので、参加できたことはありがたかった。いろいろと懸案事項はあるが、新体制がほぼ固まった。
午前中は、校務運営委員会。主任の中田Tが異動になったので、副主任の自分も参加。
次年度の研究に関わる生活規律の話も出たので、参加できたことはありがたかった。いろいろと懸案事項はあるが、新体制がほぼ固まった。
子どもたちも登校し、8:30~、離任式。杉田校長を始め、14名の職員が転任・退職された。毎年のこととはいえ、別れは寂しいものだ。
夜は送別会。別れを惜しみつつ、最後まで盛り上がった。みなさんの、新しい場所でのご活躍を祈念して止まない。
昨日今日と、OFFにして大阪を訪問。
久々に行った海遊館には、ジンベイザメが2匹も泳いでいた。ちょうど、餌付けの時間に遭遇。
細かく砕いた餌がまかれるのだが、ものすごい勢いで吸い込むので、その餌に群がってきた水槽内の小魚も、一緒に吸い込まれていたのに驚いた。
餌を吸い込むと同時に、空気が入るからだろうか、えらから大量の泡が出るのも迫力だった。
鰯の水槽では、カタクチイワシが一定の方向に向かって群れをなしている様が印象的だった。
天保山の大観覧車。シースルーキャビンがあって、なかなかの人気な様子。 もっとも自分は乗らなかったけれど。きっと落ち着かないよね。
新梅田食堂街の人気店「きじ」のモダン焼き。味をつけた焼きそばを卵たっぷりの生地に包んで焼く。小さな店だが、味は抜群の人気店。行列も長かった。
宿泊したホテルの部屋から見た大阪駅周辺の夜景。ヒルトン、リッツカールトンなどのホテルを含む大阪駅前のビル群が光をまたたかせている光景は、なかなか近未来的だった。
そして、2日目に訪れたのは、ディープで異国的な空間「新世界」。ここでは、串カツとドテ焼きを堪能。浪速のシンボル・通天閣にも上ってしまった。
3月に入ってから購入して積んであった本を、この春休みに順に読んでいる。買わなきゃよかったと思う本もあったけれど、それもまた勉強のうち?
良書には、中に参考になる本が紹介されていることが多いので、また読みたい本が増えていく。今の山がなくなった頃には、再び別の山ができているのかも。
Blogに取り上げるのは、Sasaフィルターをくぐり抜けた本だけ。本の好みは人それぞれだが、Sasaと価値観が合うようだったら読んでみるのも一興。
80年代の現役ブラスバンド時代の様々なエピソードとともに、当時の先輩の現代の結婚式を期に、その披露宴でブラスバンドを再結成して演奏しようとする様子をモザイクのようにちりばめた1冊。
ブラスバンドっていうのは、大人数の寄り合い所帯だけに、一人一人の物語は小さくても、それが集まると、大きな物語になる。
このお話は、その小さなエピソードが、あちらこちらでピタッとはまって、そのすっきり感が、おもしろさを倍増させている。
筆者は、自分と同学年か一学年下。従って、書かれている80年代の様子が、自分の高校生時代とリアルにリンクして、それがまた楽しかったり。「秋空に」とか「東北地方の民謡によるコラージュ」とか出てくるんだもの。
自分と同世代のブラスバンド経験者なら、ちょっぴりのほろ苦さと一緒に、きっと楽しめると思う。
国語実践の大家、野口芳宏氏がまとめた、子供自身の小学生としての振るまい方を示した1冊。
「主体性」「自主性」「個性」が、尊重されるようになってから、ややないがしろにされてきた部分に改めて焦点を当て、そこからもう一度指導し直すことで、子供の底力を高めたいという、筆者の願いが読み取れる。
返事や挨拶の仕方、公私の区別を論理的に理解させることなどなど、教師ではなく保護者が読んでも納得できるように、平易に具体的に書かれている。
宿題を習慣づける目的、給食の食べ方指導など、ここに書かれていることを授業化できれば、それがそのまま生活規律の指導になる。学習内容が増える新学習指導要領を円滑に実践させるためには、こういう指導が重視されていくのだろう。
教師の振る舞いを示した「野口流 授業の作法」とセットで読むと効果は倍増。
高橋先生から紹介された1冊。
現行指導要領の実施に合わせて、教科と総合的な学習の共存を図るために教師に必要とされる、指導力や授業構成の考え方について、端的に且つわかりやすく納得できるように書かれている。
その底辺に流れる考え方は、新指導要領にもそのまま当てはまる。
前半は、「基礎・基本の見直しを図った指導」として、一斉授業における、学びを成立させる前提となる指導事項が、示されている。
その第1項は、「学習規律の指導」。規律がなければ授業は成立しないとして、重視されている。
この章には、ほかに板書の工夫、ノート指導、発表を引き出す工夫など、従来からずっといわれてきたけれども、子供の実態から改めて見直すべき内容が並んでいる。
これまでの指導の反省、子供の実態に対して教師がどう振る舞うべきか、など、かなり具体的に示されていて、これを基に自分の実践をチェックしていけば、確かに授業力は改善される。
山室中部小の学校研究のベースとなる考え方にかなり近い内容。テキストにしてもよいと思った。
後半は、「魅力ある授業の構想」として、新学習指導要領では、活用、探究と位置づけられる授業での学習方法が示されている。
学習意欲の継続の条件、総合的な学習のテーマ選択の要件など、こちらにも役立つ情報が満載。
編著者は、当時、福岡市教委学校教育課長で、執筆者には福岡県内の校長・教頭・教諭がずらり。福岡県の教育の底流に、この考え方があるのだとしたら、近いうちにどこかの学校を参観してみたいと思った。
修了式。今日で、4年4組の歴史は終わった。いいクラスだったが、新年度には、学級編成替え。
午後、学級事務。指導要録・成績一覧表完成。時数調査のまとめ。出席簿の記入等々。人事異動に関して、校長面接
明日が修了式。4年4組の歴史も明日で終わる。
このどん詰まりに来て、総合では最終発表なんぞをしてみたり。ビデオ撮りしているので、子供たちはやや緊張しながらも、正確な言葉とわかりやすい発声で、自分の考えを伝えようとしている。それが見て取れるようになったのも、この1年の成長の証かも。
発表後は、質問を受ける。子供同士で出なければ、わたしが必ずつっこみを入れる。即答できなくても、少し考えて必ず返事をする。その返事が、質問に相対しているとわかる内容で、ここでも、成長のあとを感じるのであった。
Sasa学級の諸君は、よく頑張った。とてもうれしくなる発表会だった。
クラスの仲間との別れを惜しんで、学級集会。午後からは、様々なものの返却。
放課後は、学級事務。「あゆみ」を完成し、帯封。子供たちが、以前コンピュータで作ったオリジナルしおりをラミネート。指導要録もほぼ完成。成績一覧表に出席状況を記入。
帰宅後は、読書。高橋先生おすすめの、福岡県の教育関係者が出版した「教師のための授業改善」という本が、なかなか充実した内容だった。なにより、本校の目指しているところに、ストライクゾーンど真ん中で、大変参考になる。本校の研修の教科書にしてもよいくらいだった、。
NHK「英語でしゃべらナイト」にも出演している人気モデル、押切もえの自伝的エッセイ。タイトルは、太宰の「人間失格」になぞらえてつけられたとか。
会話をそのまま書き留めてしまったような文体が、インタビューを基に誰かが書いた風な印象になっていて、彼女自身が書いたのだとしたら、やや損をしている感じがする。しかし、かつて単なるギャル高校生だった彼女が、今のようなポジションにいられるようになったのには、かなりの挫折とそれを乗り越える努力があったことは、よく伝わってくる。
「自分をかわいくきれいに見せること」にもかなりの努力がいること、「自分にはできない」と思わないで、できることから努力することなどなど、読んだら元気になれる。そういう点では、中谷彰宏らのビジネス本に相通ずるところがある。
休日だけれど、職場へ出勤。学年の中田T、谷Tと待ち合わせて、成績関係資料の印刷。能率が上がらなくて、自分の仕事はなかなか進まず(泣)。
機器の年度末返却に向けて、チェックリストの作成と配布。
平成20年度卒業式。朝からとても暖かな、春らしい1日になった。
4年生の今日の目当ては、6年生のみなさんに感動してもらうこと。朝、学年全員で集まって、歌と呼びかけの練習をしたあと、一人一人の目当てを確かめた。「6年生をお祝いする心を伝えたい」という発言に頷く子供たち。
失敗をおそれることはない。これまで練習した来た通りにできれば、たとえそれで失敗したとしても、きっと気持ちは伝わることだろう。そう語りかけてから、体育館へ入場した。
5年生と一緒に最後の練習をした後は、卒業生の入場までしばし時間がある。誰もいない間はざわつくのも仕方がないが、保護者のみなさんが入場を始めても、ざわつきは収まらない。
自分はいつも、学年の前に立って何かを話すときには、必ず一礼することにしている。子供たちは、同じように答礼するのが習慣だ。
このときも、ざわつく4年生の前に立って、軽く手を振った後、深々と一礼した。4分の1ぐらいの子供が、気づいて答礼した。
もう一度手を振って一礼した。今度は、半分ぐらいの子供が気づいて答礼した。
さらに、もう一度、手を振ってから、一礼した。今度はほとんどの子供が答礼した。そして、誰もの姿勢がすっと伸びた。
4年生が静まりかえると、あわせて5年生も静かになった。体育館には、凛とした空気が張り詰めた。教師が一言も発することなく、ざわつきが収まり、よい緊張状態に入ることができた。生活規律を意識した指導を日頃から重ねることの効果は、こういうところにも現れるのだと思った一瞬だった。
6年生入場。式は、緊張感が漂いつつも、とても温かな雰囲気の中で進行した。さわやかで元気で、それでいてちょっぴりの悲しみを含んだ歌声が体育館中に響き渡った。感動に満ちた、すばらしい卒業式だった。
午後は、学年事務。学級編成に関わる相談。日直だったので、校内を巡視。
明日は卒業式のため、午後から準備。6年教室の整備を担当したが、やってきた5年生の子供たちは、今日はとてもよく働いた。
自分は、こういうイベント的な活動があるときには、子供たちに、今日の活動の目当ては何かを問うことにしている。無目的にやるよりは、目的を持って取り組んだ方が、結果がよいのは自明。
普段、あまりそういうことを問われたことのない様子の5年生は、とまどっていたようだが、仕事が終わったところで、目当ての達成度を確かめたところ、おおむねできたと感じた様子だった。
活動したことの意味や充実感を感じることができたなら、それを積み重ねていくことで、意識も力も変わっていくことだろう。生活の規律というのは、こういう積み重ねがあってこそ、成立するものだと思う。
明日は、4年生の子供たちに、今日のこのがんばりを伝えなければならない。
卒業式予行が厳粛な雰囲気の中で行われた。当日は休業となる、1~3年生も、保護者席に座って参加したが、ざわつくことなく、ぴーんと張り詰めた空気の中で、本番さながらの練習に真剣に参加していた。
事前に各学級、学年で指導を受けているとはいえ、850名が、これだけ整然と、重々しい空気を作り出せるというのも、本校の取り組んできた生活規律の指導のたまものではないかと感じた。個別に見れば、様々な傾向を抱えた子供は少なからずいるはずだが、浮ついた気分など、ほとんどの子供が見せないのだから。
先週末のトラブルで、対応しきれなかったことがあったので、國香さんに相談したところ、放課後、関係者がわらわらと本校に集結。
市教育センター、NEC、IUK、NTTと、富山市の学校ICT環境を動かしてる方々が勢揃いして、なかなか壮観だった。この顔ぶれが、一堂に会することなんて、まずないことだからなあ。
とはいえ、結局問題は解決せず。トラブルの原因は、結局は「人の操作」なので、正しい操作で機器を扱うよう、周知徹底をはかることにした。コンピュータにしろ何にしろ、機器は、人間の命令に従うだけなのだから。
職場は年度末学級事務デイ。放課後の職員室は、USBメモリを巡るトラブルや、実物投影機、プロジェクタの故障対応など、さまざまな案件で、自分の仕事がままならず。
とはいえ、これだけみなさん、気軽に情報担当を頼ってくださるということは、学校の情報化に対して、積極的に取り組むようになった証ではないかとも思う。忙しさも、かえってうれしさに変わったり。
この時期を過ぎれば、教師のスキルが向上し、それぞれで教えあうようになる。それでも、わからないことだけ情報担当に聞きに来る、という、理想的な体制ができあがる。それももうひといきという感じ。
本日は、体育館、特別教室のワックス塗り。卒業式までもうすぐ。
3学期に入って、勤務先の図書館の情報化が進んでいる。
本校の図書館は、壁をはさんで3つに仕切られている。ちょうど、3教室分のオープンスペースが、廊下ごと図書館になっているイメージ。一番手前に貸し出しカウンターと学習スペース、真ん中の仕切りが読書スペース、一番奥は算数教室として使っている。
作業を進めているのは、一番手前のスペース。6人掛けのテーブルには、6本のLANケーブルと6つのコンセントが設置されている。そのテーブルが3台。24名が同時にコンピュータを使うことができる。
コンピュータ室では、表現活動を中心に。調べ学習は学校図書館で、という使い分けが可能になった。
本校の用務員さんが、廃材を活用してキャスター付きのパソコンラックを作ってくださった。これで一段と使い勝手がよくなった。
もっとも、図書室では、パソコンが新旧入り交じっているのが、玉に瑕であるが・・・。
昔から、読書だけはしていたが、実は、古典と呼ばれるものは、それほど読んだことがない。
話題になった芥川賞の最新作とか、村上春樹とかは、リアルタイムで読んできたが、古典の名作となると、「こころ」といった学校からの課題のほかでは、「モンテクリスト伯」を叔母にもらった文庫で読んだくらいしか記憶になかったりする。
この間、子供と一緒に中央図書館の青少年読書室へ行った。そこに並んでいた岩波少年文庫に、「レ・ミゼラブル」があったので、借りてきて読んでみた。読み始めたら止まらなかった。
貧困がいかに人を堕落させてしまうのかが、強いテーマとして根底に流れている。しかも、この時代の人々は情報を得ることなく、無垢であるだけに、それ以外の生き方を見いだせなかったり、そこから抜け出すすべを知らなかったりする。
一度罪を犯したものへの過酷なまでの拒絶、働き口の少ない女性が未婚の母になったが故にたどる厳しい一生、一人他家へ預けられてしまった子供が送らねばならなかった残酷なまでの生活。これらは、当時の社会では、ありふれた、ごくありふれた出来事だっただろう。
そんな過酷な運命の中から、真摯な思い一つで立ち上がったジャン・バルジャンが、当時の人々には、英雄に感じられただろうことは、容易に想像できる。
物語として読むには、あまりにも切ない現実がその背景にはある。救いは、正義と努力が必ず報われる結末になっていることだ。未来永劫、読み継がれてよい本だと思った。
岩波少年文庫は抄訳だろうが、それでも、ユーゴーの言いたいことは言い尽くしているのではないかと感じた。というわけで、こんな年になって今さらだけれど、書評に載せてみた。是非、学級の子供たちにも読んでほしいものだ。
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