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2009年9月 6日 (日)

「ソングライターズ」で松本隆の講座を見た

 夜、NHK教育テレビで、佐野元春が構成と進行を務める「ソングライターズ」という番組を見た。ゲストは、松本隆。以前、東京出張中に見たPART1と、その後見そびれたPART2を連続で再放送していた。

 PART2では、松田聖子について語っていた。80年代に大きなムーブメントをつくった松田聖子だが、他のアイドルと呼ばれる歌手群とは、全く違ったプロモーションをしていたのは、誰もが認めるところだろう。その当時の動きを、松本隆は「松田聖子プロジェクト」と称した。

 確かに、プロジェクトだったよな。関わっている作家陣といい、できあがった曲のクオリティといい。今も、プロジェクトベースでプロモートされているミュージシャンはいるが、松田聖子は、山口百恵の引退直後だったせいもあるからか、破格の扱いだった。もちろん、彼女自身のそれまでにない個性や実力も、また破格だったからではあるが。

  

 「ビートルズのように、質も量も同時に求めた。」「だから、アルバムを売りたいと思った。」「当時、B面は趣味的な曲を入れる人が多かったが、自分は松田聖子に関しては、どれも本気だった。制服も、スイート・メモリーズも最初はB面だった。」と松本氏は語った。

 佐野元春が、松田聖子プロジェクトに初めて関わったとき、彼は松本氏にこう言われたという。「松田聖子に関わるということは、No1を求められるということだ」。

 それに対して、佐野氏が語ったこともまた秀逸だ。「どうせならこれまでにないものを入れようと思って、シングルをすべて聞いた。そして、ブルースの要素を入れた。ブルースの翳りを」と。そうしてできた曲が『ハートのイヤリング』。確かに、ブルースの香りがする。

 一流同士のやりとりは、かくもせめぎ合っていておもしろい。

 

 「感性を磨くにはどうするか」という大学生の質問を受けて、松本氏は、こんなことも言っている。

 「とにかくたくさんインプットすることだ。毎日1本ぐらいの割合で、1年間に200本以上の映画を見たことがある。図書館のこの棚の端から端までという風に、友達と競い合って全部読んだことがある。使うかどうかは関係なく、そうやって吸収していくと、やがてそれが自分の中で整理されて、必要なことが必要なところにはまっていく。」

 おそらく若い頃の話だろう。しかし、例えば自分が今から何か新しいことに対し、ひとかどの感性を得るには、このぐらいのことはしなきゃならないなと、この話を聞いて思った。

 

 松本氏は、すべての楽曲を瞬く間に自分のものにしてしまう松田聖子を「天才」と称したが、彼自身もまた、天才の域にあるように思われる。

 この二人が、年を重ねた今、再びコラボレートすることがあったら、またさぞかし素敵な大人の音楽ができあがることだろうに。

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