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2012年10月13日 (土)

池波正太郎文学を散歩する・聖橋から神田明神編

 聖橋は、ニコライ堂と湯島聖堂の二つの聖堂を結ぶことから名付けられたという。橋の対岸には、湯島聖堂が見える。

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 聖橋から東側を見ると、JRと地下鉄が交差しているポイントがあって、撮り鉄には人気スポットになっている様子。

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 湯島聖堂は、5代将軍綱吉によって建てられた孔子を祀る廟。後に、昌平坂学問所がこの敷地内に設けられた。

 本殿は公開されていると聞いていたが、この日は、イベントの準備のためか閉鎖されていた。

 あちらこちら、黒漆が塗り替えられていて、今でも、しっかり手入れされているのがよくわかった。

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 聖堂の庭には、楷樹(かいのき)の巨木がある。楷樹は、その枝振りが整然としていることから、「楷書」の語源となったと言われている木。確かに、楷書のように、つながりのはっきりした枝振りだった。

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 かなり巨大な孔子像が、楷樹の横に鎮座。

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 正門を出ると、すぐ横が、昌平坂。今は、何の変哲もないふつうの坂だ。

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 坂を登り切って、聖堂の裏手に回ると、そこには神田明神の大鳥居がそびえている。門前のお茶屋さん「天野屋」は、慶長2(1597)年創業の老舗中の老舗。ずっと、味噌や甘酒を提供し続けてきた。

 鬼平犯科帳の中に、神田明神前の茶屋で甘酒を飲むくだりが出てくるが、その時代に、すでにこの店はあったことになる。

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 神田明神は、江戸総鎮守と尊称された、由緒正しき神社。この神社の祭礼「神田祭」は、江戸三大祭りの一つとされている。

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 晴天のこの日は、結婚式、七五三、新車のお祓いなどで、とてもにぎわっていた。

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 境内で見つけた、百度石。この石を回って、お百度をふむのだろう。

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 境内には、他にも、恵比寿さんなどなど、さまざまな神様が鎮座。江戸総鎮守の名にふさわしく、日本中から神様が集まってきている。

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 かつて、若者が力比べに使ったという力石。これを持ち上げられるとは怪力だ。

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 神田明神と言えば、野村胡堂の時代小説「銭形平次捕物帖」。平次親分は、神田明神下の長屋に住んでいるという設定だった。

 テレビ番組で長く平次役を務めた大川橋蔵など、番組関係者が建立した銭形平次碑も境内にあった。右に小さくちらっと見えるのは、子分の八五郎の碑。

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 せっかくなので、江戸気分を味わうために、天野屋の甘酒をいただくことに。暑い日だったので、冷やしを注文。麹の香りをおさえた、さらっとした飲み口の甘酒だった。付け合わせには、もろみ味噌。

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 昭和初期のレトロな作りを感じる店内。甘酒の他にも、茶屋にふさわしいメニューが満載。

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 店先に案内板が出ていたが、どうやら、この辺りから、中山道へ向かう道がつながっていた模様。江戸時代には、この辺りは、下町だったが、ここより少し北の上野まで行くと、もはや、江戸の外れといった感じなったらしい。

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