子どもを注目させる指示・発問・説明の技術(上条晴夫)
「授業成立の基礎技術」シリーズの1冊。発問・指示の仕方のちょっとした転換で、子どもたちは主体的になる。その「ちょっとした転換」は、この20年間の間に、「教育技術」として確立してきた。本書は、それを端的に整理している。
今日から生かせる内容が満載。若い人にもお勧めだが、若い人と組んだり指導したりしている教師には、さらにお勧めかも。
「授業成立の基礎技術」シリーズの1冊。発問・指示の仕方のちょっとした転換で、子どもたちは主体的になる。その「ちょっとした転換」は、この20年間の間に、「教育技術」として確立してきた。本書は、それを端的に整理している。
今日から生かせる内容が満載。若い人にもお勧めだが、若い人と組んだり指導したりしている教師には、さらにお勧めかも。
ちくまプリマー新書は、高校生ぐらいを対象にしているようで、その分、表現が平易で読みやすい。
知識をただ暗記するのではなく、他の知識と関連づけ体系化していくことで、知識を使えるようになっていくことを、具体的な事例で示していく。
割り算は、「分けること」と考えるよりも、「1あたりの量を求めること」と考えた方が、分数や小数の割り算を考えやすいこと、知識があるのにできないのは思考力のせいではなく、補助知識が足りないことなど、指摘されれば納得の話で一杯だった。
この筆者の著作では、以前「板書のしかた」という本もあった。どちらも、基本となる場面、方法、留意点を具体的に示しているが、本書の方が、実践的に役立つと感じた。
著者個人の考えだけでなく、大西忠治氏の名著「発問上達法」など、不易な情報を参考にしている部分も多く、納得度は高い。
確実に習得した上で、それを活用できる授業を目指すには、必読本だった。
ついでにこれも再掲。
教科書に基づいた展開でありながら、実験・観察を通して実感的な理解を図るための、典型的な指導例が示されている。
確かに「定番」として、参考になる実践がたくさんあった。それぞれの学年ごとに1冊になっている。
編著者名はなにやら仰々しいが、このシリーズは、新学習指導要領解説の執筆協力者が中心となって編集しているシリーズ。現時点では、もっとも学習指導要領の思想を反映した、一次資料的実践事例集である。
冒頭に、新指導要領における理科教育の考え方についての解説があり、各学年の目標とねらいが示され、さらに各単元の全体計画例が示されている。
理科では、3年「比較」、4年「関係づけ」、5年「条件統制」、6年「推論」が各学年のキーワードになることなど、重要事項が端的に示されていて、心地よい。内容と厚みの割には値段も安い。
総則編もよかった。記事はこちら。
授業成立の基礎技術と銘打たれたシリーズの6巻目。子どもの質問力、発言力を高めるための、教師の手だてが様々に示される。
それも、隣同士で話し合ってごらん、と言っても子どもが動かないときにはどういう言葉をかけるか、スピーチの内容がいけてなかったときにどうするか、といった、一段階深い指導の事例がたくさん出ている。
教師のちょっとしたパフォーマンスで、子どもが考えるようになったり救われたりする。かなりニッチな指導を集めた本だが、そういう指導の有無が学級経営の成否を決めるのだとすると、本書は大変重要な内容を示している。
できることは、明日からやろうと思わせてくれる1冊だった。
11月の公開研では、理科の授業をする予定。というわけで、理科指導に関する本を大量に買い込んで読んでみた。その中の1冊。
理科指導のキーワードは、実感を伴った理解。単に、理解するだけではなく、観察・実験といった体験を通して、確実に理解し習得するところが、理科では重要だ。本書では、表現する活動を通して、実感を伴った理解を、体験や生活と結びつけて考えさせようと試みている。
溶解をイメージ画でかかさせるくだり、天秤のつり合いを算数的な計算だけではなく、手にかかる感覚で表現させるくだりは、かなり参考になった。
表現することは目的ではないが、理解を確実なものとするためのは、表現できるようになっている必要がある。
本書では、かなり子供らしい言葉による表現が随所で見られる。言葉がつたなくても、科学的な視点で表現してあれば良しとするか、ある程度、科学的な表現まで高めるのを良しとするか、そこがまた迷うところだ。
新学習指導要領では、「習得」と「探究」をつなぐものとして登場した「活用」。その「活用型授業」に対する様々な考え方をまとめた1冊。
戦前教育に範をとるものから、PISA調査における思考力の分析まで、内容はホントに様々。セオリーではないにしろ、「活用型」のとらえ方が、多様であることはわかる1冊。
効果的な学び方・学ばせ方の家庭教育版。これも、初版は、1969(!)年とかなり古いが、当時の子どもたちがいかによく勉強していたか、当時の常識がどれほど高みにあったかが伺われる1冊。
家庭で学習する時間は、1年生で30~1時間、(中略)5年生以上は2時間から2時間半ぐらいが適当でしょう。などと、簡単に書いてるのだから恐るべし。
日本人が忘れてしまった勤勉さを振り返るには、とてもよい1冊。今、本書と同じことを行おうとするのは、かなり難しいが、それでも、理想のモデルにはなり得ると思う。
上手な授業の受け方や本の読み方、教科の勉強法など、今改めて読み直したらけっこう役立つ不易な情報がかなりある。
故きを温ねて新しきを知る。元上越教育大学長が、壮年期たる30年前に表した1冊。
「学習の働き」とは何かといった、きわめて初歩的で単純なことから、学習理論に至るまでを、具体的な事例を挙げながら、大変わかりやすくレクチャーしている。ひょっとして、学生向けの本?
学習意欲のない子どもに対して、考えられる原因を整理して箇条書きしたあったり、飽きるとはどういう働きかを、具体的な事例を挙げて説明してあったりと、古典的だけれど必要な知識が満載。
知識、技能や態度の学ばせ方まででていて、今となっては、やや古めかしい言い回しもあるけれど、ずっと大切にしていきたい不易なことがよくわかる。
某社のM氏のブログに紹介してあったので、買って読んでみた。
60年代に実施された学力テストの結果と分析、今行われているテストの結果といくつかの分析をもとに、このまま行けば、学校の序列化を招くことを憂えている。皆調査をやめて抽出調査にしたり、10年に1回程度にして、間の期間は、結果分析や国語、算数以外の教科にあてたらよいのではないか、という筆者の主張には、頷けるところも多い。
同じように全国学力調査を実施し、前学校の結果を公開しているイギリス(イングランド地方)が、みるみるうちに「ビジネスライク」で「せちがらくなった」ことを事例に、日本の学校の行く末を憂う筆者には共感できる。
教育社会学者の筆者は、学力テスト自体は、とても役立つと感じているが、問題はその実施方法にあるということだ。
それにしても、60年代テストの結果が、無視できないほどの地域差を示していた(例えば、都市部住宅街と地方漁業地域での数学が約20点差だった)ことを考えると、現在の地域差は、有意差がないほど圧倒的に縮まっている。
こういうデータを見ると、マスコミが喜ぶ都道府県ランキングは無意味どころか弊害のほうが大きいと思われる。
どこの教師だって努力はしているのだ。しかし、努力だけではなかなか力を伸ばせない要因を持った子どもは年々増えている。
増して、子どもの後ろにいる保護者をもサポートしなければいけないような地域では、教師の努力だけでは支えきれない。それらをフォローするための学力テストであれば良いなと思う。
国語科の中で、新学習指導要領に示された「活用」の概念をどうとらえたらよいかを示した1冊。
最初に、国語科における「活用型」学習を次の3つのタイプに整理している。
これらは、組み合わせて実践されることもあること、学校知と生活知との総合化を図るという視点ももつと良いことなど、単に国語科にとどまらない視点で論が展開されている。
国語科というと、具体的に何を身につけたと言いにくい印象があるが、本書では、例えば、低学年の「話すこと・聞くこと」領域でできるようになることが、具体的な指導の工夫とともに示されている。
これまで読んだ、国語の指導法関連書籍の中では、一番納得でき、一番わかりやすかった。
社会科の大家有田氏が、中部電力の依頼を受けて、社会科の中で行うエネルギー教育の実践事例を示した1冊。
エネルギー教育といいながら、発問・指示の作り方や板書の工夫など、授業つくり本になっている。
コンセントに差し込むプラグにあいている穴の秘密、教材を見る目の鍛え方など、学習内容を身の回りの教材と結びつけて考えることで、生活とつながった理解を促すための具体的な手だてが、いくつも垣間見える。
保護者のみなさんが読んでもけっこう分かりそうな、授業作り指南書だった。
TOSS本なので、市川伸一氏らが提唱している「教えて考えさせる授業」とは、毛色が違うが、理科教育のキーワードである「実感を伴った理解」を何とかしたいという、願いと工夫がふんだんに詰まっている。
石けんを使った水酸化ナトリウムの指導、実験の役割分担を明確にする指導は、実践してみたいと思った。
環境問題を巡る諸説は紛々としている。
二酸化炭素が地球の温暖化を招いているというのが、企業活動や政府の政策の背景となる理由だが、どうも、科学界にはそれに対する反論が少なからずあるようだ。
温暖化は起こっていないとする説。起こっているけど、それは、地球の温暖化寒冷化のサイクルの一部に過ぎないとする説。極の中心部ではむしろ寒冷化が進んでいるとする説。etc・・・。
温暖化が起こっているにしても、その原因は、大気中に二酸化炭素よりもはるかに多く含まれる水蒸気の影響が大きい。だから、二酸化炭素をどうこうしても無駄。二酸化炭素云々するのは、環境ビジネスを支援するためであるとする、うがった説もある。
もともと寒いツンドラ地帯を国土に抱えているロシアやカナダなどは、温暖化することでかえって農地が増え、国が豊かになるからうれしいのではないかとか、そもそも環境問題なんて豊かな先進国が考えることで、生きることに精一杯な発展途上国に、二酸化炭素が出ないような設備を設置せよと呼びかけるのは、無茶な話だとか、そうだよなぁ、と考えさせられることが一杯だった。
後者なんて、「パンがないなら、ブリオッシュを食べればよいのに」と民衆にのたまった、フランス革命直前のマリー・アントワネットに近いものがある。
雪国富山に住む者として、自分が子どもの頃に比べれば、冬が温暖になっていること(積雪がずいぶん減った)や、夏が高温になったこと(昨年、一昨年と猛暑日は富山にもよくあった。今年はなかったけど)は、実感している。
また、化石燃料によってつくられるエネルギーを無駄にしないこと、つまり、二酸化炭素を削減することは、間違いなくした方がよいことだと思う。
要は、目的を見失わないこと。言われるから環境問題に取り組むのではなく、学んだことから、自分で判断して向き合うことが大事なのだということだ。うーん、メディア・リテラシーだなぁ。
上記の記事の参考にしたのは、以下の3冊。
夏休みからずっと、だわだわとたくさん本を読んでいる。けっこうお役立ち本もあるので、ご紹介。
自分は、総合的な学習の展開を考えるときに、必ず関連する本をある程度買い込んで、読むことにしている。今年度のテーマは、「エコで支えるわれわれの未来」。
地球温暖化、森林破壊、二酸化炭素問題など、今、地球を取り巻く環境の問題についてのお題目は、巷にあふれている。しかし、実際に何が問題なのか、そもそもの、それは本当に問題なのか、といったことに関しては、それほど議論されていないように思われる。
思いこみだけではなく、そういった周辺情報を、指導する立場の教師が知っておかなければ、実践には奥行きも正当性も生まれないと思う。
というわけで、いろいろ読んでみたが、どれも興味深かったので、まとめてここに掲載。
「脱「ひとり勝ち」文明論(清水 浩)
筆者は、電気自動車「エリーカ」の開発研究者。21世紀の文明モデルを打ち出して、日本が世界をリードしていこうとする主張が心地よい。
20世紀の文明モデルは、化石燃料をエネルギー源とする力学、電磁気学に支えられてきたが、21世紀の文明モデルは、太陽光をエネルギーに、量子力学に支えられる。この方法ならば、先進国だけではなく、世界全体が豊かになれる。というのが主張。
パラダイムを大きく変えるのは、人間の(特に日本人)のあまり得意とするところではないので、このような劇的変化を期待することは難しいが、この本に書かれていることの幾ばくかでも実現していけば、未来はとても明るくなること請け合い。
読んだあと、幸せになれる。環境教育に直接関わる本ではないが、一番おもしろかったのは、この本だった。
「環境教育 善意の落とし穴」(田中 優)
環境問題の解決のためには、日頃の心がけが必要、とする精神論的環境教育に警鐘を鳴らす一冊。
ゴミにしろ二酸化炭素にしろ、もっとも多く排出しているのは産業界なのだから、企業等の取り組みが実際行われているかを検討せず、自分たちのくらしのことばかり考えるのは、竹槍を持って爆撃機に立ち向かおうとするのと一緒ではないか、という作者の主張は、なかなか説得力がある。
環境問題は多面的にとらえる目が必要。各自の心がけも必要だが、一方で、社会全体で問題を解決していくという視点を持たないまま、学習を進めてはいけないということだろう。
食料援助が援助先の農業(=産業構造)をつぶしてしまう話、科学の発達が問題を解決する、という神話が、問題を先送りにしているという話、新エネルギーではない「地熱」と「小規模水力発電」で日本のエネルギーの半分は賄えるという話。どれもこれもが興味深い。
以上2冊は、環境教育に関わりなく、教養として読んでも楽しめる本だった。
八重洲で買いあさった本の1冊。ほめることがいかに大切か、具体的にどうのような言葉でほめるかをまとめた1冊。
ほめることが大事とは、よく言われるが、これだけ徹底して「ほめるにはどうしたらよいか」を示した本は、そんなにはないだろう。
講演を聴くように、帰りの電車で軽く読めてしまったが、それでいて、内容の充実度は高い。ほかに、「教師しぐさ」「ひとことちから」がシリーズである。
インターネットが世の中に普及し始めてから、10年以上が過ぎた。それ以前の時代を知っているわれわれ大人が、デジタル社会を迎えて、変わってしまったな、困ってしまったなと感じるさまざまを、具体的な事例をもとに集めた1冊。そうだよな、そういうことってあるよな、と思いながら読み進んだ。
どんなところに、生きにくさを感じるかはたくさん示されているが、どのように生きるかについては、巻末に数ページ示されているのみ。つまり、原理・原則はシンプルで単純だということだ。
今、小学校に通っている子どもたちが、物心ついたときには、すでに社会はデジタル化していた。そして、そのデジタル化は、ますます進む。大人は、いつまでも「生きにくい」などと言っていないで、自分自身の生き方を早く身につけて、子どもたちに語ってやれるように、ならなければね。
内容と方法さえわかれば、順応は子どもの方が早いことだろう。だからこそ、かえって大人は尻込みするのかもしれないが。
いい本に出会った。
中教審副会長、教育課程部会長を務める梶田先生が、新学習指導要領の思想と問題点について、雑誌や新聞に寄せた原稿をまとめた1冊。読み手に、教育関係者以外を想定しているので、いたって具体的でわかりやすい。
現行指導要領の実施に対して「『ゆとり』の名の下に『たるみ』が広範に現出した。」とか、「『自ら学び自ら考える』という面ばかりを強調しすぎた」といった反省のもとに、新指導要領がこれから大切にしていこうとしていることを、具体的に解説している。
道徳教育の具体的な内容、英語教育の必要性、確かな学力の具体的な内容とそれに関連した国語科の指導内容、など、新指導要領のエキスが端的に示される。
学力の4つの層を氷山にたとえ、知識・理解・技能と思考力・問題解決力とどうからめていくかを示した図について解説した章は、これからの授業構成を考える上でとても重要だと思った。
みなさん、必読ですぞ。
この手の話に、最近、関心があったから手に取ったが、そうでなければ決して読みたいと思わない書名なのが残念。
もっとやわらかい書名にして、もっと多くの人に、読んでもらえばよいのに。
北陸建設弘済会が発行する「北陸の視座 2009.05 Vol.22」。
地方分権と道州制-新しい日本のカタチ (増田前岩手県知事、前総務大臣)
寺脇氏の著作では、旧自治省の生き残りのための政策とこき下ろされていた道州制。増田氏は、生活圏、経済圏の変化から、地域ブロックという観点で都道府県の再編を行うことは、地方分権を進める上で検討が必要と述べる。
北陸地方がデンマークと、北海道がフィンランドと、といった具合にそれぞれの地域ブロックが、欧州1国と同程度の人口とGDPを擁するという視点が、とても新鮮だった。
ウィンドウズが登場して、コンピュータの使い勝手が向上し始めた頃、情報教育は、それらを積極的に活用することで、授業の形が変わるといわれてスタートした。
しかし、ICTを積極的に活用した情報教育的な授業実践は、大変有意義な実践を蓄積してはきたが、残念なことに日常化するまでには至っていないのが現実だろう。
堀田先生と高橋先生は、山室中部小の学校研究をサポートしてくださっている。両先生は、子どもも教師も、自由自在に情報教育機器を活用しながら実践を進める一つ前のステップとして、従来の授業スタイルを変えないまま、すべての教員がICT活用を行う方法を考えた。
そこに登場するのが、実物投影機とプロジェクタの組み合わせによる、ICT機器の日常的活用である。本書には、その具体的な実践事例が、カラー写真とともに多数紹介されている。
実物投影機とプロジェクタの導入は、従来の授業の進め方の中に自然に入り込んでいくが、ある程度使っていくと、ICTなしの授業は考えられなくなる。また、コンピュータやインターネットなど、他のメディアの活用に対する抵抗感がなくなり、自然に、他のICT機器を活用した実践へとステップアップしていく。
結果として、教員のICT活用指導力が向上し、子どもたちの力を伸ばしていくことは、わたしの勤務する山室中部小の取り組みからも、感じ取ってもらえるだろう。
本書には、そんな本校の取り組みと重なる部分が多数ある。ICT活用初心者の先生方に活用を広げたいと考えている情報教育担当者ならば、読んで損はないと思う。
活用力とはどのような力か、それを身につけるにはどうしたらよいのかといったことを、いくつかの項目に分けて整理している。
認知心理学の視点、PISA型学力との関連、評価の仕方など、端的に整理してまとめられており、とても参考になった。
教科・領域毎の授業作りの考え方も示されていて、特に総合的な学習の「探究」へのつなぎをどう考えるかについてまとめた奈須正裕氏の部分に納得。
後半の実践を紹介する段になると、習得型授業との乖離が見られるのが残念。理論と実践との間には、もう一段のステップがありそうだ。
大人のためのライトノベルと銘打っているのが頷ける。人間を超えるサイズに巨大化した甲殻類(ザリガニに形が近い)が、人類を襲うといったSF的設定を背景にした、思春期の少年少女の成長物語は、途中からその少女と自衛官との恋物語へと進んでいく。
キャラの設定に緩さはあるが、それを超えるテンポ感とストーリー展開のおもしろさに、引き込まれる。一気読みしてしまった。
タイトルはややセンセーショナルだが、寺脇氏が言いたいことは、終始一貫「思考停止になってはいけない」ということだ。
百マス計算をしているからといって、それで安心しても、子どもの考える力が伸びるわけではない。だからといって、百マス計算をしない方がよいと、言っているわけでもない。(まぁ、かなり否定的ではあるけれども)
肝心なことは、何を目的にそれをするか、方法と目的を「マッチ」させることにある。
昨今の世論が一つの方向に流れ、少数意見を言うことが悪に感じられる、ネットの世界を中心とした風潮に警鐘を鳴らし、マスコミが、それを助長していることを鋭く指摘する。
思考停止状態から抜け出るには、よい刺激になる本だ。
沖縄戦関係の書籍がないか書棚をあさったら、表題の本を見つけた。
昭和50年代の終わり、沖縄各地の戦争体験者に取材して得た証言から、沖縄戦の軌跡をたどろうとした朝日新聞の連載を、一冊にまとめた本。
沖縄戦に直接関わった住民たちの生の声として、一時資料的な価値は高い。一方で、老若男女、さまざまな立場・役職の人物に取材しているため、全体像をつかむということはやや難しく、また、日本軍の動きそのものを知ることができないのは、やや残念。
(岩波書店 同時代ライブラリー)
終戦後は、大学教授を務めた筆者の、歩兵としての従軍戦記。そこには、美化も誇張もなく、そこで行われたことが坦々と、しかし、静かな怒りと恐怖を込めて描かれている。「プライベート・ライアン」や「バンド・オブ・ブラザース」などで、かなりリアルな戦場の映像を目にしているなら、物語の凄惨さは想像がつくことだろう
最前線、それも、激戦を極めた2つの戦場をくぐり抜けた筆者は、「戦争がいかに人の命を無駄に奪うか」を何度も主張する。そして、自分たちが鍛えられていたことや、それに対峙した日本軍が非常に優秀だったことも。
戦争とはどういうものかを知るには、一度読んでおくとよい本だと思う。
日本側は、この戦場をどのように受け止めたのだろう。それを描いた本があるなら読んでみたいものだ。
短編連作シリーズだった探偵ガリレオの、人気が出たあとの初めての長編は、失敗できないというプレッシャーがあったことだろう。
なのに、本書のような物語を書いてしまう東野圭吾は、本物なのだろうなぁ。「秘密」もよかったけれど、本書は、さらによかった。
これも生活規律の基礎を支える生徒指導本。本書も、前に紹介の「叱る技術」も、どちらも学陽書房の出版。最近、この出版社の本を多く買っている気がする。
本書では、高学年にありがちな「荒れた言葉」を使う学級での指導をどうするか、具体的なケースに即して書かれている。そのケースのどれもが、高学年担任ならば、一度は体験しただろうケース。
頭ごなしに叱りっぱなしにしない。何がいけないのかをちゃんと伝えて指導する。それでいて、指導すべきは指導する。指導したあとにアフターケアまで示されているのが、本書の優れているところだと思う。
ここ数年、自分も同じようなケースに悩み、何とか解決してきた。そのときと同じ道筋をたどっているところがいくつも出てきたし、共感できるところが多く、とても心強く思った。
さまざまなケースを、具体的手だてとともに、こうして整理してくれる本があるというのはありがたいことだ。
生活規律に関わりそうな本を、最近集中的に読んでいる。こういう本がたくさん出回っているということは、今、こういう指導が注目されているということだし、実際のニーズも高いということだろう。
見開きに一つずつ、今日の生徒指導に使える小ネタが掲載されている。内容は、叱る技術、空気を変える技術、学びを生む技術と大きく3つに分けられている。
しかも、「『なぜ』付きで端的に叱る」「アイメッセージとユーメッセージ」のように書かれている手だても具体的で、誰にも実行可能。本校でも(あるいは自分が)すでに取り入れている指導も多々あり、意を強くしてくれる。
毅然として指導するための、叱ることにためらわないための指導をどうしたらよいか、本書を読めば一目瞭然。これだけのバリエーションをすぐに取り出せる教師でありたいものだ。
結構シビアな指導が書かれているが、同掲のイラストが息抜きになっている。叱り方を知りたい若い教師に勧めたい本だと思った。
ドリルの数学的な考え方に、算数的活動をミックスしたときのノート指導についてふれた一冊。活用型授業を構成する際のヒントがここにある。
算数的思考力を鍛えるための学習作文の書き方が、具体的な事例や手だてと一緒にかかれている。
子どもたちが思考の道筋を書き留められるようになるには、書きたいという欲求が起きるような、算数的なおもしろさのある授業構成が必要になる。
子どもの活動自体は習得であっても活用であっても、見た目にはあまり変わらないが、寄って立つ子どもの意識や教師のアプローチのベクトルが、全く違うのだ。
3月に入ってから購入して積んであった本を、この春休みに順に読んでいる。買わなきゃよかったと思う本もあったけれど、それもまた勉強のうち?
良書には、中に参考になる本が紹介されていることが多いので、また読みたい本が増えていく。今の山がなくなった頃には、再び別の山ができているのかも。
Blogに取り上げるのは、Sasaフィルターをくぐり抜けた本だけ。本の好みは人それぞれだが、Sasaと価値観が合うようだったら読んでみるのも一興。
80年代の現役ブラスバンド時代の様々なエピソードとともに、当時の先輩の現代の結婚式を期に、その披露宴でブラスバンドを再結成して演奏しようとする様子をモザイクのようにちりばめた1冊。
ブラスバンドっていうのは、大人数の寄り合い所帯だけに、一人一人の物語は小さくても、それが集まると、大きな物語になる。
このお話は、その小さなエピソードが、あちらこちらでピタッとはまって、そのすっきり感が、おもしろさを倍増させている。
筆者は、自分と同学年か一学年下。従って、書かれている80年代の様子が、自分の高校生時代とリアルにリンクして、それがまた楽しかったり。「秋空に」とか「東北地方の民謡によるコラージュ」とか出てくるんだもの。
自分と同世代のブラスバンド経験者なら、ちょっぴりのほろ苦さと一緒に、きっと楽しめると思う。
国語実践の大家、野口芳宏氏がまとめた、子供自身の小学生としての振るまい方を示した1冊。
「主体性」「自主性」「個性」が、尊重されるようになってから、ややないがしろにされてきた部分に改めて焦点を当て、そこからもう一度指導し直すことで、子供の底力を高めたいという、筆者の願いが読み取れる。
返事や挨拶の仕方、公私の区別を論理的に理解させることなどなど、教師ではなく保護者が読んでも納得できるように、平易に具体的に書かれている。
宿題を習慣づける目的、給食の食べ方指導など、ここに書かれていることを授業化できれば、それがそのまま生活規律の指導になる。学習内容が増える新学習指導要領を円滑に実践させるためには、こういう指導が重視されていくのだろう。
教師の振る舞いを示した「野口流 授業の作法」とセットで読むと効果は倍増。
高橋先生から紹介された1冊。
現行指導要領の実施に合わせて、教科と総合的な学習の共存を図るために教師に必要とされる、指導力や授業構成の考え方について、端的に且つわかりやすく納得できるように書かれている。
その底辺に流れる考え方は、新指導要領にもそのまま当てはまる。
前半は、「基礎・基本の見直しを図った指導」として、一斉授業における、学びを成立させる前提となる指導事項が、示されている。
その第1項は、「学習規律の指導」。規律がなければ授業は成立しないとして、重視されている。
この章には、ほかに板書の工夫、ノート指導、発表を引き出す工夫など、従来からずっといわれてきたけれども、子供の実態から改めて見直すべき内容が並んでいる。
これまでの指導の反省、子供の実態に対して教師がどう振る舞うべきか、など、かなり具体的に示されていて、これを基に自分の実践をチェックしていけば、確かに授業力は改善される。
山室中部小の学校研究のベースとなる考え方にかなり近い内容。テキストにしてもよいと思った。
後半は、「魅力ある授業の構想」として、新学習指導要領では、活用、探究と位置づけられる授業での学習方法が示されている。
学習意欲の継続の条件、総合的な学習のテーマ選択の要件など、こちらにも役立つ情報が満載。
編著者は、当時、福岡市教委学校教育課長で、執筆者には福岡県内の校長・教頭・教諭がずらり。福岡県の教育の底流に、この考え方があるのだとしたら、近いうちにどこかの学校を参観してみたいと思った。
NHK「英語でしゃべらナイト」にも出演している人気モデル、押切もえの自伝的エッセイ。タイトルは、太宰の「人間失格」になぞらえてつけられたとか。
会話をそのまま書き留めてしまったような文体が、インタビューを基に誰かが書いた風な印象になっていて、彼女自身が書いたのだとしたら、やや損をしている感じがする。しかし、かつて単なるギャル高校生だった彼女が、今のようなポジションにいられるようになったのには、かなりの挫折とそれを乗り越える努力があったことは、よく伝わってくる。
「自分をかわいくきれいに見せること」にもかなりの努力がいること、「自分にはできない」と思わないで、できることから努力することなどなど、読んだら元気になれる。そういう点では、中谷彰宏らのビジネス本に相通ずるところがある。
昔から、読書だけはしていたが、実は、古典と呼ばれるものは、それほど読んだことがない。
話題になった芥川賞の最新作とか、村上春樹とかは、リアルタイムで読んできたが、古典の名作となると、「こころ」といった学校からの課題のほかでは、「モンテクリスト伯」を叔母にもらった文庫で読んだくらいしか記憶になかったりする。
この間、子供と一緒に中央図書館の青少年読書室へ行った。そこに並んでいた岩波少年文庫に、「レ・ミゼラブル」があったので、借りてきて読んでみた。読み始めたら止まらなかった。
貧困がいかに人を堕落させてしまうのかが、強いテーマとして根底に流れている。しかも、この時代の人々は情報を得ることなく、無垢であるだけに、それ以外の生き方を見いだせなかったり、そこから抜け出すすべを知らなかったりする。
一度罪を犯したものへの過酷なまでの拒絶、働き口の少ない女性が未婚の母になったが故にたどる厳しい一生、一人他家へ預けられてしまった子供が送らねばならなかった残酷なまでの生活。これらは、当時の社会では、ありふれた、ごくありふれた出来事だっただろう。
そんな過酷な運命の中から、真摯な思い一つで立ち上がったジャン・バルジャンが、当時の人々には、英雄に感じられただろうことは、容易に想像できる。
物語として読むには、あまりにも切ない現実がその背景にはある。救いは、正義と努力が必ず報われる結末になっていることだ。未来永劫、読み継がれてよい本だと思った。
岩波少年文庫は抄訳だろうが、それでも、ユーゴーの言いたいことは言い尽くしているのではないかと感じた。というわけで、こんな年になって今さらだけれど、書評に載せてみた。是非、学級の子供たちにも読んでほしいものだ。
学校の情報化をキーワードに、清水先生@NIME、石原先生@聖徳大、五十嵐先生@日野市など、この分野の第一人者のみなさんが、それぞれのテリトリーから、教師の授業改善、情報モラル教育などについて行った提言をまとめた本。
対談形式なので、読みやすく分かりやすい。にもかかわらず、大事なポイントがしっかり押さえられているあたりは、オピニオンリーダーの面目躍如だろう。
巻末には、堀田先生@NIME、玉置先生@小牧市が聞き手となった、国語指導の大家・野口芳宏氏との対談が載っていて、これがまた読み応えがある。
現行学習指導要領と次の学習指導要領のどことどこが違うかを、対照表形式でまとめた1冊。2学期に職場で一括購入した。
左ページに旧要領、右ページに新要領の同じ部分が、並べて提示されている上、改訂されたところが赤字で示されているので、大変分かりやすい。
来年度に向けてカリキュラムを考えていく上で、役立つこと請け合いだ。
新教育基本法の下で改訂された新学習指導要領の、行間に込められた思想を紐解く1冊。
執筆者は、学習指導要領やその解説の作成に関わった人ばかりだから、本書に書かれていることは、フィルターのかかっていない、最も基本的な考え方ととらえてよいだろう。
「生きる力」を育てるという理念にはぶれがないこと、一方で、現行指導要領の考え方が、十分に理解されなかった事への反省があること、言語活動の充実が強調されていること、それらは国語を中心とするけれど他教科でも充実を意図していることなどなど、総則の改定のポイントが示されている。
大事なことは何度も繰り返し出てくるし、「習得」「活用」「探究」の授業と教科・総合との関連も、はっきりと示されている。
かなり読み応えがあって手強いけれども、納得の出来る内容で一杯。新学習指導要領の下で教職を務めるならば、読んでおいた方がよい。
本書には、新学習指導要領のバックグラウンドとして、平成20年1月に発表になった中教審答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」がたびたび引用されている。そちらにも、目を通しておきたいものだ。
佐藤さんが、先日の学習会で必読書に挙げた1冊。原著は、新書で昭和61年に発行され、本書はその増補新版。20年以上前にかかれているが、そこに書かれていることは、今なお大切にしなければ行けないこと満載。
国語が最重要教科として認識されていながら、授業の中で力を付けたという認識が薄いことを指摘し、国語指導の甘さや言語知識体系の曖昧さを改善することの重要さを主張する。
今の前の学習指導要領が実施されるさらに前の主張であるが、今こそこの主張の妥当性を認識するときだろう。
国語の中で「わかる授業」とはどういうものかを、向上的変容という言葉で説明している。
適切な発問や指示を繰り出すこと、国語であっても、誤りをしっかり指摘すること、微妙な差異をしっかりと問題にすること、などなど、作者の主張を国語の授業に取り入れていけば、着実に子どもに力が付くだろう。
授業を通して子どもの言語能力を高めたいと思う教師なら、必読の1冊だと思った。
プロジェクトや学習会でもご一緒して、かなりお世話になっている授業の達人・佐藤さんが、後進に教師として振る舞い方を語る本を出した。
「最初は、出来ないことばかりだった」と常々言っている佐藤さんが、どのように自分を高めてきたのか、この本を読めば分かる。学びの場との出会い、指導者との出会い、教材開発のノウハウなど、どうやって教師としての力を高めて行けばよいのか、そのヒントが満載。
今さら佐藤正寿のようにはなれないけれど、せめて同じ気構えをもち、同じ振る舞い方をしていくことができたなら、自分の強みを見つけていけるだろう。
学びを求める若い教師なら、読んで損はない。職場の若者にも勧めたいと思う。(ひまわり社)
べた甘な恋愛小説だが、最後の数行で「え、え、何?」となって、思わず前のページを繰り直す。帯のキャッチそのままの本だ。確かに、傑作ミステリーには違いないが、男と女はミステリアスということで(笑)。
おにぎり、というのはかなり魅力的な教材になる得ることを示した特集が秀逸だった。
全国には、給食を教材化して実践を進めている地域があること、その核になる栄養士、栄養教諭が多数存在することがよくわかる。
食に関しても、農に関しても、いつも以上に濃厚に内容が詰まった1月号だった。
これも公開研を前に、読んでみた本。
45分の授業を、15分の3つのユニットに分けて考えれば、その中で指導できることは相当ある。その具体的な指導事例を集めた本。TOSS本であるから、本当に授業の一部を切り取ったものであるが、そこから発展させて、45分の組み立てを考えれば、習得型の授業が立派に成立する。
教材の切り取り方、そこで示される指示や発問のうち、しっかりとスモールステップを意識しているものは参考になる。内容や方法が研ぎ澄まされていけば、15分でも、相当のことが指導できるものだ。
暗唱の授業、要約の授業、グラフの授業などを読んでおくと、指導のバリエーションが広がることだろう。
公開研を迎えるに当たって、本校のような取り組みをしている学校がないか調べてみた。見つけた書籍がこれ。
杉田校長の前任校・五福小学校での取り組みや、陰山先生が校長をしていたころの土堂小を視察した井上氏が、自校でモジュール学習をカリキュラムかした実践をまとめている。
その指導法は、本校と共通する部分が多い。研ぎ澄まされた指導が目に浮かぶようだ。
各学年の学習内容が、重複しないよう、或いは、発達段階を踏まえて、一覧表にまとめられているところが、大いに参考になる。特に、国語の暗唱教材の一覧表は、本校でも作成していきたいところだと思う。
価格も安いし、本校のようなモジュールを実践したい人には、購入をお勧めする。(北大路書房)
「教えて考えさせる授業」をなぜ今提唱しているのか、「習得・探究」と「教えて考えさせる授業」との比較など、理論の部分を解説した本。とはいえ、市川氏の文体は、平易でとても理解しやすい。
従来の学習を「教えずに考えさせる授業」とし、「教えて考えさせる授業」との対比を表した図が、とても分かりやすかった。予備知識のない段階で「どう考えますか」と問われても、想像でしか答えられないことが多い。内容によっては、先にそれを教えてから、より深く考える方が、習得した知識を児童が活用する場面が、多く見いだされることだろう。
このまま実践するかどうかはともかく、考え方としてはとても参考になる。鏑木良夫氏との編著による実践編も、あわせて読むとよいと思う。
村上春樹が、自身の好みの音楽に関して、あきれるまでのうんちくを傾けたエッセイ集。自分の知っている音楽家の記事は、とても楽しめるが、そうでない音楽家の話にはまったく入り込めないという、楽しみ方がとっても両極端な1冊。
スタン・ゲッツ、ウイントン・マルサリスといったジャズミュージシャンはもちろん、ゼルキン、ルービンシュタインといったピアニスト、シューベルト、プーランクといった作曲家から、はては、スガシカオ、ブルース・スプリングスティーンにいたるまで、多彩な人物を取り上げながら、一人一人の話があまりにも詳細。
個人的には、マルサリスの章に納得。演奏のテクニックはとても高いのは分かるけれど、血が沸くようなグルーブ感がなく、むしろクールすぎて淡泊だよな、と思っていたので、村上氏が同じように感じていたことがうれしかったり。
シューベルトのピアノソナタは、聞いたことはないけれど、他の曲の感じから、言っていることが容易に想像できた。今度、実際に聞いてみたいものだ。
授業の設計から、学習のさまざまな指導形態、授業の展開の仕方など、授業というものをさまざまな面から細分化し、見開き2ページ(または4ページ)で解説した本。
など、多様な情報が整理されて示されている。もっとも、この本の内容を読んだだけで理解するには、ある程度の経験と知識が必要。
そういう意味では、若い教員が教科書的に読むのに良い本だと思う。この本をベースに肉付けしていくと良い。
ピュリッツァー賞カメラマン、ロバート・キャパが第2次大戦末期に、アメリカ軍に従軍した際の手記。北アフリカ戦線から、シチリア降下作戦、ノルマンディ上陸作戦と、ヨーロッパでの主要な戦いの様子が記されている。特ダネを求める報道カメラマンとはいえ、キャパは、その特ダネを、必ずしも喜んで撮っていたわけではない。
キャパの描く戦場の様子は、淡々とした筆致で、割いてあるページも長くはないが、「プライベート・ライアン」「シンドラーのリスト」といった映画を見た今となっては、その淡々とした様子が返ってリアリティを持って迫ってくる。特に、上陸部隊と一緒に舟艇でノルマンディに向かうシーンには、乾いた恐怖を感じるのだった。
戦場に向かう兵士たちとの交流や、戦場からは遠いロンドンの街を覆う雰囲気など、戦場以外の場面も、洒脱な言葉を選んで表現されているのが、やや直訳調の文体からも伝わってくる。
初めて読んだ若い頃とは、違った感覚で読めた。歳によって、読み取り方が違う本というのは、確かにあるものだ。
有田和正氏が所属しているML上で交信されたノート指導のノウハウを、原稿としてまとめ出版した1冊。
教科の特性に応じた、ノートの活用のノウハウが満載。また、「終わりから5ページ前くらいに小さな赤丸を付けて、『そろそろ新ノートを用意しよう』のサインにする」といった、ニッチで役に立つ情報もたくさん掲載されている。
MLで英知を集めるだけで、このような本ができるあたりから、有田氏のまわりにいる人々の力量の高さが伺われる。
市川氏が提唱する、教科書に書かれている知識をまず教え、そこから課題を提示して考えさせるという「教えて考えさせる授業」。その具体的な実践事例を紹介した本。
これまでの学習では教科書指導書を含め、本時の学習内容をまず自己解決させようとしていた。しかし、そうすることで、学習のねらいからはずれたところで議論が起こったり、学習内容に習熟する時間がとれなかったりという問題があった。
「教えて考えさせる学習」は、適切に指導を行えば、本質的な学習を進めより深めることができると感じた。
習得、活用、探究の3つの学力が、わかりやすく整理されていてよかった。
授業の構成には、技術だけでなく、やはり教師のこれを教えたい、この力を高めたいという思いが必要というくだりは、当然といえば当然だが、いつも意識していきたいところだ。
新規に教材を開発した実践が主体であるが、これを、教科書を活用した、日常的な実践に置き換えたときの授業デザインに、マッチさせることができればよいなと思った。
以前から持っていた本だが、今になってじっくり読み返してみた。(前記事も同じ)
プロジェクタを教室で日常的に活用するための、研修場面を具体的に示した1冊。時間も示されているので、研修を組み立てる際の目安になる。プロジェクタをどう置くかといった、かゆいところに手が届く内容でいっぱい。
情報研修を仕組む立場のICT担当者には、必携本。
プロジェクタを教室に常駐したら、どういう授業場面が想定できるかを、実際の実践事例を通して紹介する本。デジカメ、コンピュータ等の活用もあるものの、ほとんどは、実物投影機を使った実践。
現在では、セオリーになっている活用のほとんどがこの中に示されている、日常的なICT活用の原典となる1冊。
先週から今週にかけて、大判の本を読んだ。
本書は、小学館の教育技術MOOKの1冊。情報教育の目的から、教科学習の情報化、情報モラルの概要と指導など、今、現場で必要とされている知識と具体的な指導法が、イラストと短い文でわかりやすく示されている。
「新任教師の仕事」とタイトルされているが、ICTにくわしくなりたい全ての教師に大変役立つ本だと思った。
よくできているなと思ったら、著者は、石原さん@聖徳大。情報モラル関係の記事が、詳細なのにわかりやすく、なによりも「熱い」ことに納得(笑)。
後半のクラブも、野遊びクラブを担当することになった。前半とは違った活動を入れたり、同じ活動をするにしても、少しは改善したいと考えて、ネタになりそうな本を探してみた。
小学生にもできるライトなアウトドアの参考書といえば、福音館書店の図鑑シリーズの1冊、「冒険図鑑」。火を熾すという定番の活動から、1枚の布を服にするといったコアな活動まで、イラスト満載で様々に紹介されている。
タンポポコーヒーと、草木染めあたりが、手軽で楽しめそう。
農文協から出ている「ふるさとを感じるあそび事典」は、文中心だが、「冒険図鑑」と補完して使うと、いい感じ。
発達障害に関する本はときどき読んでいるが、これまでで一番わかりやすい本だった。
具体的な事例で示されているばかりでなく、筆者は、大人になったときにその子供がどうなっているかという視点をもち、大人になるまでの治療や養護をどのように進めていくかという観点から、筆を進めている。
発達障害を持つ子供の場合、その保護者もまた、同じ障害を持っていることがある。そういう大人への対応をどうしたらよいのかという点まで示唆しているところは、これまでの本になかったところだ。
発達障害は、その子その子で実に多種多様だが、だからこそ、早期に診断しそれに即した治療や指導を行っていくことが大切だとわかる。
問題なのは、専門家の不足。そういうことに適切なアドバイスをおくれる人間が、もっともっとたくさん制度として増えていかないと、現場だけの対応には限界がある。
とはいえ、「くれくれ」ばかり言っていても、何も変わりはしないので、こうしてわれわれ自身も学ばなくてはいけないわけだ。
ある学習会での課題本。戦後日本の教育に大きな影響を与えた人々の、業績や歴史をコンパクトにまとめている。その数、16人と1校。
班活動、100マス計算、仮説実験授業、わかる算数という概念を常識化した水道法式など、今や常識化している指導や、現在の教育観に強く影響を及ぼした概念が、どのように生み出されて現代に至っているかが、端的にわかる。
教員として知っておいた方がよい基礎知識がまとまった1冊。若い人がこれからどんどん入ってくる今、自分のバックグラウンドが本当はどこにあるかを知っておいて損はない。
夏季の情報モラル研修会に向けた教材研究本の1冊。子どもたちが見ている携帯向けWebサイトの現状やネットいじめなど、今まさに問題になっている具体的事実を明らかにしている。
これだけ子どもに自由に、しかも携帯のように手軽に持ち歩けるツールで、インターネットを閲覧させている国は日本だけであること。その事実は、世間ではほとんど知られていないことには、相当の危うさを感じる。
であるからこそ、筆者は、携帯を販売したり、Webサイトを運営したりする企業の責任を強く論じている。子供の将来を憂えるなら、このことは、もっと知られてもよいと思った。
新書「文章のみがき方」に、名文の例として登場していた表題作が掲載された自選短編集。短いながらも切れのよい作風の小気味よい小品が収録されている。
竹西氏は、古典学者としての名著も多いらしいが、不勉強ながら今回まで、まったく知らない作家だった。一般には知られていなくても、こうして佳品を残している人は、世の中にたくさんいるのだろう。
初版が2001年なので、ここでいう新指導要領は、現行指導要領。学力低下論争がかまびすしかった当時、学力低下を憂えていた筆者らが、内容を削減した結果どういうことが起こるかを予想した1冊。
今となってみれば、予想通りになってしまったところも多いが、一方で、学びからの逃走と呼ばれる学習意欲の減退、総合的な学習のような探究的な学習の重要性、軽度発達障害児童の存在の明確化など、問題は複合化しているわけで、一元的な考え方だけで、批判することはできないのも確かだと思う。
岩波ブックレット。全国にあって、独自の教育改革を進める犬山市の改革の成果を評価している。その取り組みは、とても戦略的。
授業改善の柱になっているのは、「学び合い」。このあいまいな授業を、言葉にのせて質問することで、教師の具体的な指導上の働きかけを明らかにしている。
作法とは、「正しい法式」。誰もが基礎的に身につけておかなければならない行動、動作の規範といった意味で、本書は名付けられている。指導法ではなく、作法。心構えから、具体的な所作まで、一流に学ぶことは多い。
初心を大切に、常に、自分を高めていく気持ちを持たなきゃ。教室でも、例えば、テストの時の動きや、忘れ物をしたときの動きなどは、作法として位置づけておくとよいかも。
ノート指導だけで、1冊の本を書いてしまう佐藤さんは、やっぱりすごい人だ。
自級でもかなり心がけてきたが、まだまだ足りない。明日から、さっそく鍛えよう。
今から35年も前の著作だが、時代を越えて読み手を引きつける文章を書く上での留意点を教えてくれる。
学生の頃「Men's Club」に連載されていたエッセイが洒脱で、毎号楽しみしていた。ケンブリッジ大、ハーバード大など、海外での教官経験もさることながら、文房具へのこだわりなど、暮らしぶり自体が粋だった。
本書にも、マドラス・ジャケットが流行した顛末が書かれていて、ニヤリとしてしまった。本質も楽しめながら、周辺のストーリーもまた印象的なのが、本書の魅力的だと思う。
昨日から今日にかけて、雑誌から何から、たくさん本を読んだ。
公開研資料本の参考に買い込んだ、旅行雑誌を改めて読んだ。「旅の手帖」は、青春18きっぷ特集。普通列車を利用するだけでも、ずいぶん乗りでのあるコースをとれるものだ。
「おとなのいい旅」には、名湯が満載。いつか行ってみたいものだ。たまには、たゆたうような汽車の旅もよいかも。旅心をゆさぶられた。
筆者には、「『聴解力』を鍛える三段階指導」という著作がある。それがとても納得の内容だったので、こっちの本も買ってみた。
中谷彰宏のビジネス書のように、見開きで一つの項目を示しながら、忙しい仕事を整理し、効率化して、自分の時間を生み出す様々なノウハウが提供されている。実用的で、なおかつ納得できることの多い1冊だった。
若い人に勧めたい内容が満載。のみならず、自分にも活かせるところ、戒めたいなと思うことがいくつもあった。例えば、こんな感じ。
図画工作で、「○○で△△なへちま」と題した絵画作品をかいている。ただ、「大きな」とか、「太い」とかではなく、「今にも落ちそうなほど重い」「象の足みたいに太い」といった具合に、具体的にイメージしてヘチマを描く。
葉もヘチマも緑色。どれだけ多くの緑を作れるかが、大事なところだが、何も言わないでいると、子供たちは、水彩絵の具の緑や黄緑をそのまま使う。
昨年度は、図工は出張授業だった。今のクラスで自分が水彩の使い方をしっかり確かめていなかったことに、はたと気づいた。そこで、色のレパートリーを増やすために、色の三原色を使って、緑色を中心に、様々な色を作る学習をしてみた。
今回参考にしたのは、前田さん@熊本のかいた「前田式絵画指導の基礎基本」。10年ぐらい前の前田学級での、1年間の絵画指導をまとめている。
最初に、道具のそろい具合と置き方を確認。
次に、水入れの確認。いくつかに分かれた部屋を、洗う部屋(下水の水)、すすぐ部屋(洗濯の水)、絵の具をとく部屋(水道の水)と必ず分けて使うことを、再確認した。筆についた水は、その都度、スポンジや水彩用ぞうきんで拭き取らせる。
続いて、色の三原色と白だけを、豆粒サイズでパレットに出させた。2色ずつ色を混ぜていくこと、パレットには500円玉サイズで色を広げること、弱い色をとる前にはその都度筆を洗うこと、筆は色を塗るのではなく、色をおくように使うことなどを、次々と指導。
ここまでの指導でも、実物投影機は大活躍。説明に時間がかからない分、作業が進む。いくつかの色を、全体で一緒に作って彩色した後は、「2色だけ使う」ことを条件に、様々な色を作って彩色した。
指示の甘いところもあったが、教師の見本、ステップに分けて確認、各自で実践・習熟という展開が、今回もだいたい当てはまった。
この本には、ほかに、グローブを描く習作、マグリットやダリの世界観を取り入れた作品制作など、魅力的な単元が満載。あいにくこの本は、絶版のようだが、パート2は購入できるようだ。
情報モラル研の教材研究のために読んだ本の1冊。学校裏サイトの現状、そこで行われているいじめへの対策がどのようにとられているか、子どもがネットに引かれる理由と、大きく3つに分けて構成されている。
他の先進諸国と比較して、日本だけが子どもの携帯でのネット利用を野放しにしていること、子供たちのコミュニティサイトをもつ企業が、陰の利用に対して無頓着なことを憂えている。
これまでのいじめよりもより甚だしく、逃れられない状況を生むというネットいじめの問題の根深さが、この本を読むとよく理解できる。
夏季休業中に富山市教育センターで行われた、情報モラル研修のために読んだ1冊。市の講師は数年ぶりだったので、準備してから臨んだ。
2004年に佐世保で起きた事件の背景・原因や、これまでの事件との違いなどを紐解く。2006年6月出版の本だが、当時の子どもを取り巻く環境は、現在では継続するか、さらに甚だしくなっている。
現在の状況を認識する上での基本書として、大変有用な本だった。(MYCOM新書:毎日コミュニケーション)
堀田先生と野中先生による、ICTを入れ込んだこれからの教室環境を考える1冊。
機器が入ったからといって、それでICTを活用した授業が普及するわけではないが、機器のないところでは、活用した授業のしようもない。
適切な機器が適切な使われ方をして、初めて活用は普及し始める。としたら、何をどう導入し、それをどう活かしていくことが普及の道なのかを本書では示してる。
自分も執筆者の一員。みなさん、是非買ってください(笑)。
シリーズ教育技術セミナー1として復刻された、筆者が30年かけて追究してきたノウハウをまとめた1冊。1987年の出版であるが、その内容は未だ色あせない。こういう本には、もっと若い頃に巡り会っておきたかった。
「発問上達法」とセットで、教師になるための教科書としてもよい本だ。今回、読んで、改めて自分の振る舞いを見直した。
タイトルの上には、「若い教師に贈るこの1冊」とあり、副題には、-授業がうまくなる十二章-とある。若い教師にとって必要な12箇条は、年を重ねた教師にとっても、同様に大切でだろう。
授業とは何をすることかという、最も根本的なところから説き起こして、有田氏が基本と考える指導技術を整理して書き出した1冊。これ1冊を読みこなして実践したなら、教師としての力量はかなり高まると感じた。
教材開発については、教科書ばかりを使うことにやや否定的な記述があるが、教科書をちゃんと使った上で、楽しく学ぶことは、決して無理なことではない。
教材開発の楽しさやノウハウは、新学習指導要領の中で、一層の具体化を迫られている、総合的な学習の構想に役立つことだろう。
古今東西の名作、名文から、いい文章の具体的な事例を引き出して、書き方のノウハウを提供する本。
推敲の視点、削ることの難しさ、動詞を使うことの大切さなど、人の心を打つ文章を書き上げるために、先人が苦労して身に付けてきたさまざまな技術が解き明かされていく。
時には、ぼんやりした時間を持つことも、文章を書くには必要という項があった。ネットを使う仕事をたくさんする人なら、時には、コンピュータから離れる時間をとることも必要ということか。
少し古い本のため、教科書からなくなった教材もあるが、ごんぎつね、一つの花、春の歌など、今でも残る作品には、追試したい実践がいくつも取り上げてある。
シニアシミュレーションの用具の自作法が紹介されていた。もし、外部の協力が得られないときには、自前で制作も可能。
心を動かす言葉の原則、というサブタイトルがついている。この原則を活用すれば、教師は知的な言葉の使い手になるし、子供も知的に動くようになる。
発問も指示も、子供を知的に動かすものだとしたら、教師自身が、知的な言葉を発しなければ、授業は立ちゆかなくなるだろう。本書を読めば、知的な思考を動かす言葉がけのノウハウがわかる。
そのノウハウは、一朝一夕では身に付かないけれども、それを意識することで、着実に力は高まっていくことだろう。最近増えてきた若者達に読んでほしい本だ。
「時間」「時期」というのも考えられるかもしれないな。(明治図書、教育新書67)
富山情報研5月例会での輪講のテキスト。
子供が自己有能感を感じる指導と、それを可能にする授業設計の方法、指導案の構成などを示す。
授業とは、本来意図的なものであるが、その意図をしっかりと反映させられるかどうかは、結局は教師の力量にかかっている。基本的な設計原理を知るのに役立つ1冊だった。(教育開発研究所、読本シリーズNo.176)
この号のテーマは、子供の理解を助ける指導助言。かなり前の雑誌だが、現在の本校の研究に重要な記事があったので、記録しておく。
他にも、段落の区切り、あらすじのつかめない子、黙読できない子、漢字を読めない子など、さまざまな児童を想定した指導場面が満載だった。(明治図書)
「読解力(読んでわかる力)」の指導があるなら、「聴解力(聞いてわかる力)」の指導もあってしかるべきという著者が、具体的な指導法を示した1冊。
実際、英語教育では、「聴解力」という言葉は一般的なようだ。少し前までは、子供の多くは、特に指導しなくても、じっくり座ってしっかり話を聞き取っていた。しかし、昨今の子供たちの現状から、国語においても「聴解力」の指導が必要という、著者の主張にはとても共感できる。
聴解力においても、系統性が必要だし、指導の日常化も大事である。一つ一つをとりだして実践するのではなく、日常の授業の中に埋め込んで指導するノウハウが満載されている。
理念と技術を共に取り入れていくことができたらよいと思う。監修は野口芳宏氏。鍛える国語教室シリーズの1冊だ。(明治図書)
適切な発問を行うための秘訣をステップ化して明らかにしている。経験を経た今、この本を読むと、読み取れることはとても多く納得もできる。
教師の授業力の向上には、必読の書。若い人には是非読んでほしい。(民衆社)
バラエティ番組で司会をしている芸人さん達のノウハウを、児童とのコミュニケーションの方法として取り入れるためのポイントを示す。
キーワードは、ユーモアと軽やかさ、のりとつっこみ、といったところか。ただし、笑いをとるために迎合するのではなく、毅然とした部分もしっかり残すことは強調されている。教師は、笑いをとるのが仕事ではなく、和ませて学ばせるのが仕事だからだ。
当たり前のことが当たり前にできない子供が多くなり、「当たり前」をすることに無理解な親も増えつつある現在、児童の立ち歩きを防ぐには、硬軟取り混ぜた技術が必要だ。(たんぽぽ出版)
サブタイトルは「-イタイイタイ病を中心として-」。著者は、イタイイタイ病訴訟弁護団の一員で、第25回イタイイタイ病セミナー(2006年)での講演記録に、講演時に使った写真や図表を添えてまとめたもの。
イタイイタイ病が発症し、世の中に認知されてきた過程から、訴訟の経緯など、イタイイタイ病にまつわる歴史を概観することができる。医学的に専門的な部分はやや難解だが、それ以外の部分は、中学生ぐらいから読むことが可能だろう。
歴史にふたをするのではなく、しっかり認識した上で未来を考えるためにも、富山県人であれば(あるいは、日本に住む者であれば)、是非読んでおきたい。(桂書房)
家や学校の周辺に一般的に見られる野草を、イラストや写真をふんだんに使ってまとめた小図鑑。その花の特徴や、似ている花のちょっとした相違点が端的に示されていて、とてもわかりやすい。
子供向けの本だが、大きな図鑑よりもこちらの方が、現場に即しているし、何より持ち歩きやすくてよい。(実業之日本社)
付箋がたっぷりになってしまった。非常に具体的だが、思想も同時に伝わってくる。
などなど。書くときりがないので止めておく。本校の研究にも効く内容がぎっしり。教室に置いておくことにしよう。おすすめだ。
10年前、現行学習指導要領が始まろうとしているとき、ちょうど内留に出ていたわたしは、この指導要領での教科学習や、総合的な学習がしっかり実践されると、「学習指導要領の中身はホントに正しいのかな」と疑ったり、自分で判断したりする人間が育つと考えた。
一種のパラドクスだと思ったが、それは、それまでの教育の仕組みとか思想とかをかなり揺るがすものだったと思う。ゆとり教育批判とは、それまでの自分たちの教育が否定されることを恐れる人々の抵抗だったのかもしれないなと、この本を読んで考えた。
基礎・基本も大事だし、問題解決型学習、探究学習も大事。次の学習指導要領は、それを強く謳っている。どっちらかを決めようとする議論からは、もうそろそろ卒業してもよい。
踊らされることなく、原典・出典をしっかり確かめてから判断することだ。
シリーズ4作目は、完結編。
ベタ甘なラブストーリーと、図書館を巡る荒唐無稽ながら、かなりハードなアクションが共存しているという、ふしぎなシリーズも今作で締めくくり。
胸のすく展開が心地よかったが、これ以上甘かったら、読み切れませんでしたな(笑)。(メディアワークス)
この連休は、本もいくつか読んだ。
終戦前後に4回も刑務所から脱獄した人物の記録文学。かつて教員免許状認定講習で紹介を受けてからずっと気になっていた。難しくなりがちな内容を一気に読ませる吉村氏の筆力はすごい。
どんな監獄でも抜け出るこれほどの人物をおさえるのは、強権ではなく温情だ。時代背景を知っていると、より楽しめる。(新潮文庫)
KJ法の川喜多二郎氏と同時代人である民族学者,梅棹氏の古典的名著。1969年出版なので,論の内容にはやや古さを感じるが,情報を整理するノウハウは,現代の情報管理の基礎となる。
カード,切り抜きの規格化,重要なところだけ2度読む読書(早速実践してみた)など,参考となる情報がある。こういう古典をちゃんと読んでおくことは大事だと思った。
日本語を表現するための機械を模索しているが,さすがに,ワープロのような仕組みまでは考えつけなかった。現実が想像を超えてしまった。
知的生産技術の教育は,「情報科」というような科目をつくって,総合的・集中的な教育をほどこすようになるのではないかと考えている,といったくだりが「おわりに」に書かれていて,驚いた。(岩波新書)
KJ法の生みの親,川喜田博士が,その具体的な方策を初めてまとめた書。
付箋を使ったKJ法的な授業が行われることが,かなり増えてきた。こうして,原典に当たっておくことは,情報教育を志すものならば必須だろう。
学際的な区切りで学問が成立していただろう時代に,それが必要だったとはいえ,学問の枠を超えた整理手法を生み出した川喜田博士の発想の柔軟さと勇気には,敬意を表したいところだ。
スポーツ新聞を読み,テレビといえばナイター,バラエティ,ドラマという暮らしをしている人と,自分を高めるために研鑽を積んでいる人では,社会に出てからの成長の度合が全く違う。当然のことではあるが,改めて書かれると,説得力がある。自分を高めるためにどうするかを書いた1冊。
短時間でいいから継続が大事。三日坊主になっても,それを10回繰り返せば,30日は学んだことになる。といった具合に,社会人が学ぶためのノウハウが書かれている。
これだけ読んでも学ぼうと思わない人は,学びたくないのだから,無理して学ぶことはない,と明快に切り捨てているのも気持ちよい。(笑)
手順を間違うと,ちょっとしたことで,人生って歯車が狂ってしまうのだ。でも,本人にとっては,致命的に思えたことでも,相手にとってはそうでもなかったりすることもある。逆もまたありかな。(光文社文庫)
1を読んだのは,今から,20年ほども前のことだ。当時,日本はバブル前夜。それ以後,大量のエビを輸入するようになった。
最近ときどき耳にするようになったバナメイエビは,コスタリカ産で,今や,世界のエビ市場を席巻しようとしていること,台湾のブラックタイガー養殖は,病気のために,壊滅的打撃を被ってしまったこと,など,前著以降のさまざまな事実を織り交ぜて書かれた1冊。
章分けされているわりには,各章の主張がなかなか見極めにくくて歯がゆいのは,前著と同様だが,並べられた事実は圧倒的。
国際関係や,日本の貿易を考える学習を想定している人にとって,教材研究のための必読書。(岩波新書)
「国や自治体の学校図書館施策や市民のとりくみ、学校図書館を考えていく上で役立つ資料、イベント案内などの情報を交流する目的」に発刊されている、「ぱっちわーく」という情報誌がある。購読者も執筆者も全国にまたがる。
「富山図書館を考える会」からの依頼で、1月の学習会「読解力と学校図書館」のレポートを頼まれていたのが、178号(2008.3月号)に掲載された。
1993年にスタートした情報誌だが、ボランティアで成立している様子なのがすごい。学校図書館の適正な運用のために努力している人は、たくさんいるのだ。
地図の見方の初歩からレクチャーしてくれる地図帳。最初から見ていくと、絵地図の見方から、地図へとだんだん移行して地図の見方がだんだん分かっていく。カリキュラム化されているようだ。都道府県カルタが付いていて、切り離して使って楽しむことができる。
対象は、3~6年生だが、我が家の2年生が十分活用できる内容。もちろん、普通の地図帳としても活用できる。教室に置いておくとよいかも。
PISAの学力調査で、フィンランドが2回連続で世界一になったのは周知の事実だ。しかし、当のフィンランドでは、特別なことを行っているわけではないという認識がある。日本とフィンランドの何が違うのかを浮き彫りにしつつ、日本の教育の問題点を対談形式で明らかにする。
日本の教育は、ポジティブリストを伸ばしてきたが、伸ばせば伸ばすほど、全てがこなせるわけはないので、やがて破綻を来す。にもかかわらず、教育に人もお金も投資せず、一方で魔法の杖を振るように、相変わらずリストを伸ばし続けている。英語活動の導入も、そうなるだろうという、苅谷氏の警句には、もっともだと頷けることも多い。
各論で言えば、リストの全ては必要なことだが、全てをこなすことが無理だとしたら、何らかの優先順位を設ける必要があるだろう。
高校・大学への進学率が諸外国に比べて高いことが、社会の受け皿となって、10代後半の子供たちの犯罪率を下げているといったくだりは、教育社会学者ならではの視点だ。(講談社現代新書)
人たらしとはあまり聞き慣れない言葉だ。広辞苑を見るとあまりよい意味合いではないが、本書自体は、ビジネスにおける人付き合いのノウハウを示す、極めてまっとうな内容の本だ。
大人同士が円滑に人間関係を気づく秘訣を書いた本は、世の中に数多ある。それだけ、悩ましい問題だということだろう。
こういうに本は、児童との接し方のヒントも多々出ている。
・機嫌の悪い相手からはさっさと逃げる。
・人間関係がおかしくなったら、自分がほんの少し変わる。
・「説得」するのではなく、君は○○できる人だからと「レッテルを貼る」
このまま使うことはできないにしても、指針にはなるのだった。(大和書房)
アメリカ中を複葉機で旅する主人公が、同じように複葉機で旅する引退した救世主ドナルド・シモダと出会い、救世主になるための教科書を見ながら、自分の生き方を見つけていく冒険物語。人は誰でも、自分の生きたいように生きる。その、「生きたいように」には、いろいろな意味があるけれど。
中学生の時に読んで影響を受けたリチャード・バック「イリュージョン」の新訳。原作に忠実に訳されていて、本書に込めた著者の思いが具体的に示されているが、その分、冗長な感じが否めないし、英語独特の言い回しそのままなところが、いまいちなじみにくい。
昔読んだ本は、村上龍氏の訳で、翻訳というよりも意訳の要素が大きいが、その分、原作の持つ寓意性やニュアンスはよりよく伝わってきたと思う。
で、自分に最も印象的だった一節を比較。主人公が手にしている「救世主ガイドブック」の一節だ。
村上龍訳はこんな感じ。
「学習は、すでに知られていることを見つけ出すこと。
行為は学習の証明。
教育とは、被教育者に、君らも教育者と同じ程度のことを知っているのだと気づかせること。
君達はもちろん学習者であり実行者であり教育者であって、
いかなる種類の生や死を選ぼうとも自由だが、義務というものがあるとすれば、自分に忠実でなければならないということそれ一つだけである。」
(「イリュージョン 退屈してる救世主の冒険」より 村上龍・訳 集英社)
一方、新訳はこう。
「学習はすでに知っていることの発見である。
行為は、知っていることの実践である。
教育は、自分と同様、ほかのものたちにもその知識があることを気づかせることである。
人は皆、学習者であり、実行者であり、教師である。
生涯を通しての唯一の義務は、自分に忠実であることだ。
ほかの誰か、ほかのなにかに忠実であることは、不可能であるばかりか、贋の救世主のしるしである。」
(「イリュージョン 悩める救世主の不思議な体験」より 佐宗鈴夫・訳 集英社)
意味は新訳の方がよく分かる。でも、村上訳だったからこそ、今でも記憶にとどまる1冊になったのだとも思う。
当時、村上氏は、「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を受賞したばかり。新鮮ではつらつとした時期だった。訳は文体が本人の作品とかなり違うように、当時は思えた。(村上版は、残念ながら文庫も絶版のようで、古書しかないようだ。)
佐伯胖氏の雑誌に寄稿した原稿や講演の記録を一つにまとめて整理した本。文字は小さくかなりの厚みがあるので、読み応えがある。ときどき難解な言い回しもあるが、著者の主張は一貫している。
それこそ、部分をとりだして論じても、この本の真意は伝わらないだろう。相当読み応えがあるが、全体を読んで総合的にとらえるしかない。
子供たちの力を高めるためにどうしたらよいのかと試行錯誤しているわれわれにとっては、「そうはいっても」と思うところもあるが(例えば基礎基本のように)、「『学ぶ』とはどういうことかを学ぶ」項があったり、独学とはどうすることかを論じたりと、具体的に書かれている章も多く、普段あまり考えない本質的なことを考え直すきっかけになった。
要は、対症療法的に、それぞれの力を伸ばすのではなく、全体の大きな枠の中で、自分たちは、どこをどうしようとしているのかを知っておくことが大事。学びの統合、学んだ成果をスキームとしてイメージしておく、という視点が必要だということか。
実は、かなり前に買った本で、ずっと書棚に積ん読だったが、今読めたことが返ってよかった。
佐伯胖氏には「教育とコンピュータ」という名著があるが、情報教育に関わる実践を行う教員であれば、そちらも必見だと思う。とはいえ、現在のところ、古本しかないようだが。
授業の達人、佐藤さんが披露する、授業を楽しくしながら教師の力量を上げる70のアイデア集。明日にでも使いたいアイデアが満載だった。
共感できることでいっぱいだった。3学期から早速実践したい。
見開きで一つのアイデア。左半分には、アイデアのポイントを、右のページには、イラスト漫画で教師の働きかけや留意点を紹介しているので、とても見やすい。お薦めです。
「リアルの地球」とICTによる「もうひとつの地球」とをつなぐところに大きな変化が起きており、ビジネスチャンスもあると考える筆者の、仕事論・人生論をまとめた1冊。気になったのは以下の通り。
密度の濃い1冊だった。ネット社会に関わって仕事をしている人なら、読んでおいた方がよいと思う。
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今号で目を引いたのは、以下の記事。
「だし」は、総合のテーマとしても面白いと思った。だしは、実にいろいろな素材からとることができる。『煮干しの解剖』は、理科・家庭科でも使えそうなネタだ。
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民俗学者・宮本常一が、江戸後期から明治にかけて日本の辺境を旅した人々について書き記した伝記。
中学生から高校生向けに平易な言葉で書かれているが、頼三陽や高野長英といった人物名が、解説なしで出てくるので、その程度の歴史を知っていないと楽しめないかもしれない。(この本が書かれていたころは、この程度の人物は、知っていて常識だったのかもしれないが)
取り上げられているのは、八丈島に流され島の詳細な記録を残した近藤富蔵、蝦夷を旅して収奪を受けるアイヌへの同情を禁じ得なかった松浦武四郎、みちのくを旅して幕末に頻発した飢饉の恐ろしさを書き記した菅江真澄、琉球・八重山の人々のくらしを改善するために力を尽くした笹森義助の4名。
いずれも、宮本が取り上げなければ、全国に知られることはなかっただろう。宮本は、自身も、小さな村に住む人々のくらしを訪ね歩いたことで知られているだけに、同じように全国を訪ね歩いた人々の視点に、自分と同じまなざしを重ねて伝記をまとめている。
市井の人々一人一人のくらし上に日本が成り立っているのだという思いが、底辺に流れていると感じた。
また、この本では、漢字の使い方が秀逸。地名、人名は難しくとも全て漢字だが、「いく」「あるく」などの大和言葉は、ほとんどがひらがなで書かれていて、それがまた個性になっている。
北海道の語源をこの本で知った。また、飢饉の中を行く菅江の記録もまたリアルで、当時の生活の厳しさが忍ばれる。(河出書房新社)
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